七北田駅 跡・山ノ寺駅 跡 | 仙台鉄道

仙台鉄道・七北田駅 跡
仙台鉄道 は 八乙女駅 を出ると、七北田川 を渡り、石留神社東側から 宮城県警交通機動隊・警ら隊・旧運転免許センター( 運転免許試験場 ) 跡地 である市立 市名坂小学校( 2004年 4月に 七北田小学校 から分離して開校 )の 西側を通って、コーポ七北田 北側の 七北田駅 に到着する。
仙台鉄道の 駅前のタバコ屋 と同じくほぼあるのが 農協などの大きめの倉庫 だ。ここでは、一ノ蔵酒類販売(株)地酒のリエゾン 敷地内にある倉庫が、それであるように感じる。

左側・西側に、農協もある。 かっぱ寿司仙台泉バイパス店のところで、国道4号線に合流するのが、仙台鉄道・軽便の軌道跡。
七北田宿 の置かれた町
旧七北田村 には 1601年 の 仙台開府 以後、宿場町 が置かれた。七北田宿 は、仙台輪中( 城下町 )から北へ下って ひとつ目の宿場町 だ。 これら宿場が整備されることにより 奥州・宮城のメインストリート は、太白区郡山から 多賀城 へと通じるものでなく、旧国道4号線 であるこの通りを指すようになる。

八乙女から緩く坂を上がりながら広がる、一本道の宿場町・七北田。
七北田駅 は、この宿場町の外れに設置された。 本陣 はじめ 旧家 の多いメインストリート沿いをもくもくと煙を上げて軽便が堂々通り過ぎる筈はない。 駅では、木材などの上げ下ろしが行われたものか、確か近隣に材木問屋があった気がする。 因みに、七北田宿の次の宿場町は、富谷宿、その次は実話を元にした 映画『 殿、利息でござる!』 の舞台・吉岡宿 である。
七北田は泉区の中心地だった
今でこそ 仙台市営地下鉄南北線・泉中央駅 周辺は、仙台の副都心 であるかのような様相を呈しているが、軽便が通っていた頃は田畑のみしかない 七北田村 の 隣村( 野村 )との境目みたいな何にもない場所だった。真っ直ぐな道路なんて殆ど無い、 平地は田畑、少し高まりになっているところは民家で、それらを繋ぐ道はいわゆる 生活道路。くねくね、ご近所とのやりとりの都合や農作業の都合で使いやすさ重視、曲がりくねっている。 今でも、泉中央地域の古来からある区画に入ってしまうと、予想もしない場所に連れて行かれ、出て来れなくなるので注意したい(笑)。
さて、泉中央駅 から西北の高台、泉パークタウン桂街区の境、将監団地10丁目にある 宮城県立 泉高等学校 だが、昭和の時代、泉中央駅はなくターミナルの機能もまったくない田圃ばかりだったため、遠方から泉高校に通う生徒は 七北田のバス停 を利用した。遠いのによく歩いたものだ。仙台―古川( 大崎市 )間 を運行する 急行バス も、ここには停車し、たくさんの学生や市民を運んだ。
仙台鉄道・山ノ寺駅 跡
七北田駅跡 からゆるやかに左カーブする現存道路はまさに 線路 跡を彷彿とさせ、やがて国道4号線と交わる。その後 蛇行を繰り返す様から暴れ川だったことが窺える*2 要害川 と幾度か交差して 山の寺洞雲寺 入口に来ると、そこが 山の寺駅 だ。
ここには古くからバス停があった。宮城交通「 山の寺向陽台 」バス。*3 仙台ー古川間を結ぶ 急行バス も停車する要所的バス停だった。 利用者は決して多くないので何故ここに急行が停車するのか不思議に思っていたが、この駅があった 慣例 によるものだろうと納得がいく。
山の寺洞雲寺
尚、山の寺洞雲寺 は、日本三山寺( 滋賀大津の 石山寺、山形の 立石寺 )のひとつ。 1338年(暦応元)開山、1518年(永正15)鋳造で 県内最古の青銅鐘 がある。 1943年(昭和18)、仙台鉄道の排煙から山火事が発生し、寺院は 全焼、鉄筋コンクリートで再建されるも 2011年(平成23)3月11日に発生した 東日本大震災 の 揺れ により建物は 全壊。 現在は解体され更地となっており、周囲に点在した 岩谷窟 も 崩落の危険があって近寄れない状態という。

本記事の移転更新 #廃線 #仙台鉄道 #軽便
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